Da Vinci手術について
ロボット支援腹腔鏡下(ダ・ビンチⓇ) 根治的前立腺摘除術とは?
病状の説明、病期分類、再発の可能性、術後のPSAの検査値の見方などに関しては従来の開腹手術との違いはありませんので、ロボット支援腹腔鏡下根治前立腺摘除術(ダビンチ手術システムを用いた前立腺全摘出手術)に関したご説明をいたします。
前立腺癌手術におけるロボット支援手術
今日、さまざまな泌尿器外科手術手技において、従来の開腹手術から内視鏡下での低侵襲手術へと変換されつつあります。内視鏡下による低侵襲手術の利点は、より早い術後の回復および経口摂取、より短い入院期間、術後疼痛の軽減、美容上の美しさ、そして、医療費用の削減などが挙げられます。
手術支援のロボット“da Vinci Surgical System(ダビンチ手術システム)(Intuitive Surgical,Inc.)はストレスの少ない、より複雑で細やかな手術手技を可能としており、また、3次元による正確な画像情報を取得できるため、より安全かつ侵襲の少ない手術が可能となります。ロボット支援手術は、今までの内視鏡下手術の利点を、さらに向上させうる次世代の医療改革の一端を担った分野であります。
この手術支援ロボットは、欧米を中心にすでに医療用具として認可され、1997年より臨床応用され、世界では3803台が稼動し(2016年9月末現在)、海外においては、前立腺癌に対する根治的前立腺摘除術の約80%が本ロボット支援手術で施行されている現状です。
本邦においても、平成21年11月に本機器が厚生労働省により薬事承認され、平成24年4月には健康保険の適応になったことを受けて、急激な勢いで普及が進み、237台が稼働しております(2016年9月末現在)。
平成24年12月に信州大学医学部附属病院も長野県ではじめて、本機器を導入し、同年12月から前立腺癌に対するロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術を開始しました。平成30年5月末の時点で、321名の方が、当院で本手術を受けられました。
信州大学医学附属病院では令和5年にダビンチXiを2台導入し、泌尿器科では前立腺・膀胱、腎臓・副腎のすべての適用疾患に対してロボット支援手術を実施しています。
ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術は、根治的前立腺摘除術をロボット支援下に行うものですが、従来の手術に比べてより繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、尿禁制(尿失禁がない状態)を含む機能温存において、より優れていると考えられています。手技的には、腹腔鏡手術と類似の操作をロボット支援下に行うものですが、信州大学医学部附属病院泌尿器科は、腎臓・副腎の摘出術を中心とした腹腔鏡手術を1993年より開始し、今までに約550例以上の経験を有しています。
腹腔鏡手術は一般に難易度が高い術式ですので、現在は認定施設、認定医師の常勤する施設で行われるものですが、認定制度そのものが法的拘束力を持つものではないため、認定がなくとも手術を行うことは可能です。しかし、ある程度の経験がないと、手術解剖の理解、危険回避など瞬時の判断ができない場合があります。
当院の泌尿器科では腹腔鏡手術技術認定医師が5名常駐しており、その医師がロボット手術の手術操作を担当します。また、別の2名が助手を担当し、新世代のロボット手術の利点を生かした手術を心がけています。
当然少ないですが一定の確率で、安全性を考慮して、術式変更(ロボット支援手術 ⇒ 開腹手術)の可能性があります。
手術治療、術式の同意は、あなたの自由意志で決めてください。また、あなたの意思で事前に術式変更の申し出をしても不利益を受けることはありません。
手術方法
1) ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術とは
限局性前立腺がんに対する手術です。前立腺と精嚢の摘除、尿道と膀胱を吻合するもので、早期の前立腺がんに対する有効性が確立された治療方法の1つです。開腹手術(恥骨後式前立腺全摘除術)に比して、傷が小さく痛みが軽度で、手術後の回復が早い、手術中の出血量が少ないなどの利点があります。がんの治療実績は従来の手術とほぼ同等です。
術後の回復が早く、大多数の人が手術翌日に自力で歩くことができます。また、手術翌日に食事や流動物をとることができます。
従来の開放式前立腺手術の難点である出血量の多さについては、この術式では改善が得られることが知られています。この手術法では他人の血液を必要とする輸血の確率は5%未満とされています。
症例によっては前立腺周囲に走行している神経血管束(男性機能や尿道括約筋機能に関連)を温存することにより、術後の尿失禁や男性機能の保持・回復が早い傾向があります。海外の大規模な手術成績の比較を表に示しますが、切除断端癌陽性率(低い方が癌を残さず取りきれたということを意味します)、出血量、3ヵ月・6ヵ月の尿禁制率(尿失禁がない状態)、勃起機能(神経温存を行った場合)、いずれもロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術が、開腹手術に比べて優れていることが示されています。ただし、症例選択の違いで断端陽性率は変わってきます。より進行した癌を多く治療している施設ではこの数値が当然高くなってきますので、技術的な優劣を表す数値ではありません。勃起機能については勃起機能温存を意図して手術を行った場合での成績ですので、癌の根治を優先して勃起機能温存手術を行わなかった場合は、この値よりも勃起機能温存率は低下します。
ロボット支援手術 | 従来の開放手術 | |
---|---|---|
断端陽性率 | 2.5% | 5.9% |
出血量 | 109 ml | 1,355 ml |
尿禁制率 (3ヶ月) | 89% | 54% |
尿禁制率(12ヶ月) | 97% | 93% |
勃起機能 | 86% | 71% |
前立腺癌のコントロール(治癒の成績)に関しては、長い期間の成績が出ていませんので、確定的ではありませんが、大きな差はないと考えられています。
2) 手術治療の目的
早期の前立腺がんに対する有効性が確立された治療方法の1つです。がんが前立腺に限局し、完全に治癒できる可能性がある時に行われます。
開放の手術法には、恥骨後式、会陰式、腹腔鏡の3つの到達法があります。いずれの方法にも利点欠点はあります。
今回、施行する手術は、がんの根治性と機能温存の精度を向上し、安全性を高めることが可能な手術と位置づけとなり全世界では標準的な術式となっています。
3) 本手術の手順・注意点
- 腹部にポート(孔)を設置(切開穴は5-12mmで、全部で6カ所)(下図)
- 設置したポートや鉗子に手術ロボット・ダ・ヴィンチSi手術システムを装着(ドッキングといいます)
- 前立腺前面を剥離し膀胱との間を離断
- 精嚢および精管の剥離
- 前立腺精嚢を摘除
- 前立腺と直腸前面との間を剥離(尾側、尿道方向へ)
- 尿道切断し前立腺全摘除を完遂
- 膀胱尿道吻合(尿が漏れにくい縫合)
- 閉創
手術時間は概ね約3-5時間を予定しています。
精巧な鉗子操作による膀胱と尿道の吻合
当科では、すべてのロボット支援手術をIntuitive Surgical社による認定ライセンスを受け、日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会のプロクター(指導医)認定を取得した医師が執刀/指導します。
しかしながら、術中判断により、従来の手術方法である開放術へと変更することもあります。
もし、本手術の実施に起因してあなたに何らかの健康被害が発生した場合は、迅速かつ適切な治療を行います。
4) 本手術の危険性(根治的前立腺摘除術全般に共通する)
術中には出血、感染症(手術創、術後の呼吸器感染等)、直腸を含む周辺臓器の損傷(人工肛門造設および開腹手術の可能性)また、術後には尿失禁、吻合部狭窄および吻合部不全、尿瘻や性機能不全があります。
また、前立腺の手術に特定ということではなく、すべての手術に共通するまれにみられる重篤な合併症として深部静脈血栓症による肺梗塞や輸血による合併症も有りえます。
1. 手術中・手術直後
予想以上の出血があった場合には、安全性を考慮し、輸血が必要になることもあるかもしれません。
周囲臓器損傷:3〜4%程度の頻度で直腸、尿管を損傷することがあります。通 常手術中に修復できますが、直腸の損傷ではごくまれに一時的な人工肛門が必要になることがあります。全国的に見ても1%に直腸合併症が認められています。
感染症:通常、手術後2〜3日は発熱します。発熱が持続する場合でも一般的には抗菌薬の投与で軽快します。また、感染などにより傷が開くこともあります。
腹腔鏡手術では、操作が難しい場合や、出血、他の臓器の損傷などのために開放手術に変更しなければならないことが5%程度あります。本手術では難しいと考えられるときには、すぐに開腹手術に切り替えることが、安全に手術を終えるために大切です。
頭低位の手術のため、気道に負担がかかることがあり、術後、呼吸管理が必要となる場合があります。安全を考慮し、必要に応じて、手術直後は集中治療室での治療が必要となることがあります。
また、頭低位の手術のため、術後、眼瞼がむくんでいることがあります。多くの場合は次第に軽快します。
十分なメンテナンスは行っていますが、ロボットは器械ですので、途中で修復不可能な故障を起こすこともあり得ます。その場合には、従来の開封手術に変更し、手術を完遂します。
2. 手術後
尿失禁:従来の開放手術では、尿道カテーテル抜去直後には、90%以上の方が尿もれ(尿失禁)を経験します。しかし、およそ9割の方は術後3ヶ月以内に改善します。今回のロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術では、尿失禁発生率の減少を期待しています。
性機能障害:原則として両側の勃起神経は前立腺といっしょに切除しますが、 がんの浸潤が限られ、患者さんの希望がある場合、勃起神経の温存を目指すことも可能です。しかし、温存しても勃起障害が残存することがあります。
尿道狭窄:膀胱と尿道の吻合部が狭くなり、排尿困難感が強くなることがあります。排尿困難が高度な場合には内視鏡的に広げることもあります。
万全の注意を払って手術を行いますが、実際の手術では上記以外にも予想し得ない合併症が起こることがあります。万一そうした合併症が起こった場合でも速やかに適切な対応をとらせていただきます。
その他
すべての手術に関係する一般的合併症
術後の創感染
傷の縫い直しが必要になることもあります。開放手術よりも創が小さいため、起こりにくいとは考えられています。
創ヘルニア
傷の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。開腹手術より腹腔鏡手術では起こりにくいと考えられています。
術後の肺梗塞
おもに足の血管の中で血液がかたまり、これが血管の中を流れて肺の血管を閉塞する、重大な合併症です。この合併症を予防するために、手術中には下肢に弾力性のある包帯を巻いていますが、術後もできるだけ早く歩行していただくことが大切です。
腹腔鏡手術に特有の合併症
皮下気腫
二酸化炭素が皮膚の下にたまって不快な感じのすることがあります が、数日で自然に吸収されます。陰嚢が膨らむこともありますが、多くの場合は、すぐによくなります。
ガス塞栓
二酸化炭素が血管の中に入って肺の血管が通らなくなるもので、まれではありますが危険な合併症です。
術後の腸閉塞
術後に腸が癒着し、再手術が必要になることがあります。
術後の腹膜炎
小さな腸の傷に気がつかなかった場合、後で腹膜炎となり、再手術が必要になる場合があります。
5) 術後の処置・経過観察
手術後の経過観察は、従来の開放手術の術後と全く同様です。術後、特別な合併症がなければ、1週間から10日前後で退院していただきます。退院後の術後経過観察としては、従来の開放手術と全く同様に、排尿状態の評価、前立腺特異抗原(PSA)、CT、MRI、骨シンチなどのフォローアップ検査を定期的に行います。ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術を行うことにより特別な検査や処置が追加されることはありません。入院中の検査や処置はむしろロボット支援手術のほうが少なくなっています。
メリットとデメリット
メリットとしては、ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術により、従来の手術に比べて、出血量が少なく低侵襲で、より繊細、精密な手術が施行できる可能性があり、根治性、尿禁制などの機能温存の向上が期待できます。
デメリットとしては、新しい手術手技の導入ということで、手術時間が長くなる可能性がありますが、どの施設においても症例数が増加するに従って手術時間は短くなってきています。
費用について
今回の手術に要する手術費用を含む入院費用、外来通院における診療や検査は、保険診療として行われます。